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剛蔵の空想履歴、創作小説の部屋へようこそ!!リンクはフリーです。
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4、9月1日、曇りのち晴れ。


病室が個室であったこと
担当の医師や看護士さんが協力的だったことが幸いし
僕は週に1回の約束で早苗の病室で歌うこととなった。


用意した小道具はミニアコースティックギター・1本。
サイレンサーを付けて音漏れを少なくした。
元々、派手にかき鳴らす曲がなかったのも良かったと言えるのだけど。


いつものように彼女の病室に向かっていた時のことだった。
僕は渡り廊下から見えるあの景色、中庭のあの景色がずっと気になっていた。

僕はここにきたことがある。僕はここで何をしていたのか…思い出せないでいた。
遠く幼い記憶の一部に刷り込まれた景色。そんな印象だった。

渡り廊下を渡りきった時、車椅子の老人が話しかけてきた。


「そこの若いの、ちょっといいかな?」

「あ、はい。僕に何か?」

「君は昔、ここにきたことがあるはずなんだが。それを覚えているのかな?」

「え?僕が…ですか?」

「多分だけど、君にはおじいさんがいただろう?名はなんといったか…」

「うちのじいさんの名は一幸ですが、お知り合いですか?」

「ああ、やっぱりそうか。カズさんのお孫さんだ。
小さかったあの子が大きくなって、また楽器を担いでここにくるとは
なんとも因果なことだ…」

「僕をご存知で?」

「ああ、君はよくカズさんとここに来ていたよ。覚えていないのかな?」

「ああ、なんとなく。
始めてじゃないような気はしていたんですが…やっぱり来てたのかな?」

「じゃあ、あの子のことも覚えていない、と?」

「あの子?」

「君がよく見舞いに行っている、あの子だよ」

「え?意味が良くわからないんですけど…」

「そうか…なんとも偶然とは恐ろしいもんだ…」

「何があったんですか?僕は昔ここにきて…。でもなぜそれをあなたが?」

「これ以上はカズさんの遺言、私とカズさんとの間での約束でな。
言えないことになっているんだ、すまない。」

「そうなんですか…じゃあ、これだけは答えてもらえますか?
僕と彼女は昔、ここで会ってるんですね?」

「ああ、会っているよ。それはわしも見ているから。」


少し寂しい目をしていた。
そこには多分、踏み込んではいけない何かがあるのだろう。


「じゃあ、僕は行きます。」

「そうだな、早く行ってあげるといい。君をずっと待っていたのだから。」


これ以上は、今、聞いてはいけない気がして、僕は老人と別れた。


僕はおじいちゃんとここに来て、そして君と出会い、何か約束をした。
そして僕はそれを忘れつつ、また君と出会った…あの場所で。


それがどういうものなのか、今はわからない。
今は君と向き合う、それ以外は考えないことにしよう…
そう心に決めて、僕は病室へ急いだ。君に希望を見せる為に…。


運命は輪廻する。そしてまた悲しい歌を聞かせる。
でも、流れには逆らえない。その流れに君が飲まれるまで、僕は歌おう。


それが遠い昔、あの日から約束されていたことだとは知らずに
僕は君に歌を聞かせる。約束…遠い、悲しい約束。


ここまで記憶を呼び覚ましておいて
あの時、それに気付けなかった僕は…多分、一生幸せにはなれないだろう。


でも、最後の最後になってしまったけど、僕は思い出せて良かったと思う。
出来ればこの時に、思い出しておきたかった気持ちはあるけれど。

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第1弾…月と君~完結~
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